『ECNNL23』では2例の病歴と初診時キー所見からクイズをつくってみた.どちらもありふれた疾病とはいえないが、最近の文献とあわせて整理しておきたい.
『アイケア名古屋』:症例 No. 6657(初診:平成16年10月29日)
47歳、男性.『一昨日の夕方突然、左眼でみると蛍光灯のまわりに虹が見えるのに気づいた.昨日はときどきだったが、今日は起床時からとぎれることなく見える、何となく違和感がある』と訴えて来院した.
全身的には健康.視力:右1.2 (nc)、左0.9 (1.2).眼圧:右14 mm Hg、左 48 mm Hgと左眼の眼圧がしごく高い.外眼部に異常はない.細隙灯顕微鏡検査所見:右眼は正常..左眼:毛様充血(±1)、角膜浮腫(+1)、灰白色で境界が鮮明でやや大きな角膜後面沈着物が3個ある(右図).前房のフレアや細胞はセルメーターでわずかにひっかかる程度である.隅角:両眼ともにwide and open、色素沈着量は左眼が右眼のそれとくらべて著しく乏しい(下図).水晶体や硝子体や眼底は両眼とも正常である.視野に異常はない.ここまできて再度尋ねると、『思い起こすと一昨年から昨年にかけて2回ほど虹輪視を経験した、いずれも翌日には消えてしまったのだが、今回は長く続くのが心配だ』という返答があった.こうした病歴と検査所見とからポスナー・シュロスマン症候群と診断、アセタゾラマイドの内服と副腎皮質ステロイド薬の点眼を処方した.翌日には違和感はなくなったとのこと、3日後の再来で視力は回復、眼圧も16 mm Hg と正常化していた.その後の3か月、何ごともなく経過している.
Posner-Schlossmann 症候群 glaucomatocycllitis crisis
secondary inflammatory glaucoma
Adolf PosnerとAbraham Schlossmannは1948年、次の臨床像を共有する9例を報告した.数時間から数週続く軽症の毛様体炎を繰り返す、軽度の視力低下・角膜浮腫・角膜後面沈着物・開放隅角性高眼圧がある、視神経乳頭と視野は正常、寛解期の眼圧や房水排出機能は正常である.glaucomatocyclitic crisis と別称されるポスナー・シュロスマン症候群は初記載から50余年、その基本的知識はPosnerとSchlossmannの原著論文の域を出ていない.
臨床像:自覚症状はあいまいで、軽い不快感をきたすことがあるが眼痛は軽度である、急性発症高眼圧のために角膜に浮腫が生じると霧視や虹輪視をきたす.こうしたエピソードは数時間から数週間続く.数か月に一回であったり数年に一回であったりする、検査所見としては、ごく軽度の毛様充血があり、瞳孔は散瞳気味で、眼圧は40-60 mm Hgとひどく上昇する.眼圧上昇に遅れて(多くは数日後に)少数の粗大な角膜後面沈着物が現れる.
経過・転帰:多くは片眼だけが患う.両眼性であっても同時に発症することはない.エピソードの頻度や長期経過は個体差がいちじるしいが、やがては虹彩後癒着や周辺虹彩後癒着なしに疾病から開放される.稀なことだが、知らぬ間に病状が慢性開放隅角緑内障に移行したかのように変化して視神経障害をきたすことがある.
病 因:自律神経失調、アレルギー、異型発達緑内障、単純ヘルペスやサイトメガロウイルスの感染などが提案されてきたが未確定である.発作中の前房水にプロスタグランディンが増量する.高眼圧は線維柱帯の炎症に続発した流出抵抗増大に因るとみなされるが、房水産生上昇を示唆する動物実験成績もあって一義的説明はできていない.
最近の統計:Finland(1997)での内因性ぶどう膜炎1,122例の集計によれば、各種ぶどう膜炎の人口10万当りの年間発生率と有病率は次のとおりである.特発性急性前部ぶどう膜炎: 17.1, 48.5;眼サルコイドーシス: 0.5, 1.5; ポスナー・シュロスマン症候群: 0.4, 1.9であり、ポスナー・シュロスマン症候群は3位にランクされている.以下、帯状疱疹ヘルペスぶどう膜炎, 特発性慢性前部ぶどう膜炎, 単純ヘルペスぶどう膜角膜炎, 若年性関節リウマチ;異色性虹彩毛様体炎(Fuchs);中間部ぶどう膜炎膜;眼トキソプラスモージスの順である(Pivonsalo-Hietanen T et al: Incidence and prevalence of different uveitis entities in Finland. Acta Ophthalmol Scand 1997; 75: 76-81.
Singapore (2001) でのポスナー・シュロスマン症候群 50例(男性28例・女性22例、平均発症年齢35歳)の長期経過観察によれば、14眼(26.4%)が発作を繰り返したあげくに緑内障になった、発作が10年以上続くと緑内障リスクは2.8倍になる.9例(17%)に濾過手術を施行したが、平均観察37か月の術後観察で4眼は発作を繰り返した.すなわち、長期経過では緑内障に移行する事例が少なくないことに留意すべきである (Jap A, et al: Is Posner Schlossman syndrome benign ? Ophthalmology 2001; 108: 913-918).
先天網膜分離症 若年網膜分離 X-linked retinoschisis,
congenital retinoschisis, juvenile retinoschisis RS1, XLRS1 MIM 312700
アイケア名古屋 症例 No. 6625 .33歳、男性 初診:平成16年10月19日(四日市、高芝紘之Drから紹介)
病 歴:小学校の時から視力はあまり良くなくて、矯正視力はいつも0.3から0.4くらいだった.夜盲はなく視野も広い.ふだんの生活や仕事で目が見えなくて困ることはないのだが、右目の視力が数年前から少し落ちてきたので、左目を利き目にしている.しばらく前から光がまぶしい.『10 年くらい前(?)に某大学病院で精査してもらって「珍しい病気だ」といわれたが、病名については憶えていない.病気の性質、今後の見通し、家族での発症などについてきちんとしたことを知りたい』ということで紹介来院した.
家族歴:両親や親類に目の悪い人がいるとは聞いたことがない.ただし、同胞は弟ひとりであるが、『弟は子供の時から視力が良くない点は自分にそっくりである.眼鏡をかけても視力が良くならないが、日常生活には今のところ困っているとは聞いていない』、とのことである.
検査所見:眼底検査で、両眼の黄斑部から周辺部にかけて異常所見がはっきりしている.弟にも来院してもらって検査したところ、兄弟で同じ疾病にかかっていることが判明した.
兄:視力:右眼0.2 (nc)、左眼0.1 (nc).網膜電図、両眼ともいわゆるnegative-type ERGで、a 波の振幅も減弱している.眼底:後極部の所見.右眼では黄斑部から下方アーケード血管領域にかけて大きな網脈絡膜の萎縮病巣がある.左眼では黄斑部に斑状に色素異常がある(下図、左側).両眼とも下方の赤道部に部分的な萎縮瘢痕病巣や灰白色の樹枝状あるいは網目状の色調変化がみられる.
弟:視力:右眼0.2 (nc)、左眼0.4 (nc).眼底:両眼に共通する変化がみられる.黄斑部には非特異的な萎縮病巣がみられる.下方から耳側の赤道部?周辺部に網膜内層の分離病巣が広がっている.病巣を横切る網膜血管は硝子体方向に浮き上がって見える.また、ところどころに束状に混濁した硝子体が網膜に癒着している(下図、右側.右眼の写真).
病歴、眼底所見、網膜電図所見および家族歴を総合して先天網
膜分離と診断した.この疾病は網膜色素変性と同じカテゴリーの
遺伝性眼底疾患であるが、基本的には先天性であること、今後も
若干の進行はあるかもしてないが変性が大幅に進行するものでは
ないこと、遺伝はいわゆる伴性劣性遺伝であり家族での再発危険
率を具体的な確率数値で説明できること、必要なら遺伝子レベル
での確定診断や保因者診断が可能であることなどを説明した.兄
弟ともに当方の説明をよく理解したようであった.
『網膜分離』は網膜剥離と別もので、網膜の神経線維層が分離して嚢胞が形成される、網膜内層の変化に加えて硝子体皮質にも病態が表れる.成因は先天性遺伝性の場合と各種網膜硝子体疾患に続発する後天性の場合とがあるが、臨床的に特に問題になるのは前者である.遺伝的に異質のいくつかの疾病を含む硝子体網膜ジストロフィ症候群(vitreoretinal dystrophy syndrome)の中で先天網膜分離症(若年網膜分離、X染色体連鎖遺伝性網膜分離、congenital retinoschisis、juvenile retinoschisis)は単一遺伝子病としては比較的頻度が高い疾病であり、1898年のHaabによる記載以来、特徴ある臨床像に加えて単純なX染色体連鎖性遺伝病であることも半世紀ほど前に確立された.最近になって原因遺伝子RS1 (XLRS1) の実体が確定した.
病 名:古くはvitreous veils, congenital vascular veils in the vitreous, congenital cystic retinal detachmentなどと呼ばれた.硝子体のベール状混濁が目立つからである.retinoschisisの語源はretina + schisis (= separation)であり、第二次大戦後の1953年になってJaeger(Heidelberg)が提唱した.本邦では網膜分離、網膜層間分離と呼ばれる.McKusickのヒト遺伝病カタログにはMIM 312700で登録されている.
臨床像:基本病変は出生時にほぼ完成している先天奇形(developmental malformation)であり、青壮年以後にゆるやかに萎縮性変化が加わってくる疾病であると把握するのがわかりやすい.病巣の主座は網膜内層?網膜硝子体界面にあり、vitreoretinal interface disorderとして網膜内層病変に加えて硝子体との界面にさまざまな変化をみる.生後3か月の診断事例があるが、小学校入学前後に診断される事が多い.自覚症状が乏しく、就学前検診などで「眼鏡矯正不能の視力低下」によって検出されることが多い.斜視を主訴として来院することがある.稀には硝子体出血で来院することがある.
視機能検査所見:矯正視力は平均的には0.2-0.4である.斜視や眼振を伴うことがある.屈折は高度遠視のことが少なくない.視野は周辺部病変の広がりに相当するさまざまな異常を示す.網膜電図はnegative type ERGを示す.
眼底所見:黄斑部病変はほぼ必発である.赤道部から周辺部の網膜分離病巣は半数でみられる.最も特徴的な所見は、中心窩を取り囲んで車軸状に配列する神経線維層の微小な嚢胞形成である(cartwheel-like pattern, stellate spokelike appearance with microcysts).ほぼ必発の黄斑部病変は診断の鍵を握る所見であるが、直像眼底検査や細隙灯三面鏡検査を行わないと見逃すほどに微妙なことがある.蛍光眼底造影検査では見るべき所見がない.こうしたfoveal retinoschisisが確認できるのは小児期から青年期までであり、その後は病巣が崩れて非特異的な黄斑萎縮?変性所見になる.網膜色素上皮に色素変化が生じて乾性加齢黄斑変性に類似の所見を示すことが多い.(Fig. 1は先天網膜分離4例の右眼の眼底カラー写真および1例の眼底カラー写真と蛍光眼底造影写真である.いずれも黄斑部病変を示している.)
赤道部から周辺部には、網膜内層裂孔、内層から外層へのbridging vessels があり、牽引されて硝子体出血をきたすことがある.また、silver-gray spots, dendriform vascular changesと表現される特徴ある病巣がみられる.(Fig. 2は先天網膜分離6例の眼底である.年齢は20代以後で、黄斑部や赤道部の病変が萎縮ー変性ー瘢痕に進行したことを示している.これほど多数集めた資料は他に類例がない.PDF化したから、拡大モニターでappreciableだろう).
遺伝疫学:人種差、頻度:人種を問わず報告がある.推定有病率は5千人から2万5千人に一人である.典型的なX染色体連鎖性遺伝病であって、もっぱら男性が罹患する.原因遺伝子はX染色体の短腕末端(Xp22.2-22.1)に局在し、1997年にSauerによって原因遺伝子が単離され、先天網膜分離症では一定の変異のあることが確認された.RS1と呼ばれる疾病遺伝子は224個のアミノ酸をコードし、高度に保存されたdiscoidin domainを含んでいる.RS1の変異の実体について疾病遺伝子データベースThe Human Gene Mutation Database (Cardiff) でみると、今までに135種類の変異(nucleotide substitutions 98;micro-lesions 21;gross lesions 16)が報告されている.RS1の機能は未だに不明だが、網膜の発生時の細胞接着に関与するとみなされている.RS1遺伝子のノックアウトマウスの病変は眼底に一様に広がっており、ヒトの疾病で黄斑部病変が好発するのとは一致しない.RS1では保因女性は無症候であるのは、変異遺伝子では遺伝子機能そのものがが失われる、女性保因者は健常遺伝子を保有するから症候を表現しないと考えられている.
先天網膜分離:診断の要点
診断に大切なのは病歴と眼底検査である.『両眼の矯正視力が不良だが、いつ発生したのか不明である』という小学校低学年の男児で黄斑部を精査するとみつかることがある.黄斑部の特徴的病変の検出に加えて赤道部の網膜硝子体界面病変を把握すればよい.診断確定には網膜電図検査と家族歴の精査も大切である.なお、上記のように中年以後になると黄斑部病変も周辺部病変も非特異的な萎縮変性所見を示すようになることに留意する必要がある.
なお、近年の長足の進歩は、本疾患の原因遺伝子が明らかになったことである.研究室にあっては患者のみならず無症候の女性保因者(一般に患児の母親)で分子病理学レベルの知識がえられるが、臨床の実地では眼底検査を主体とする日常的検査と家族歴の精査によって診断と鑑別診断は十分に可能である.
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